ジェスチャーの意味は繰り返しで深くなる
コンビニエンスな心理学のなぜなに本に決定的に欠けている視点は何か。
それは、「ジェスチャーの意味ははじめから決まっているわけではない」という視点だ。なぜ、世間に打ってでようとする心理学者は「○○という動作は○○という意味」という風に動作と意味を一対一対応させることばかりに腐心しているのだろう。
ジェスチャーにははじめから意味があるわけではない。
ただ、それは短期間の会話の中で、繰り返しことばとともに使われ、次第に意味を深めていく。
最初はただ手を前に放り出したに過ぎない。しかし放り出した手の位置を使って、ものの名前を呼んだり位置を唱えたり黙ったりすることで、その位置はただの位置ではなくなっていく。伸びた人差し指が人の名前とともに動き、名前の消滅とともに引っ込むことで、人の気配を帯びていく。
このように、ジェスチャーは意味の気配の濃くなっていく過程であって、最初から意味の確定している記号ではない。もしジェスチャーがただの記号だとしたら、わたしたちは完全に自分の表象すべき対象を頭の中で確定したあとでなければ、からだをぴくりとも動かすことができないだろう。
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