てのひらを返す
ものの場所を指し示すときに、てのひらを上に向けるか、手の甲を上に向けるかでは決定的な違いがある。
てのひらを上に向けるとき、そのてのひらにはモノが乗っているようにも見えるし、指の先を延長した先に何かがあるようにも見える。てのひらが上になると、世界はてのひらで閉じずにその先に広がっている。
いっぽうてのひらを伏せてみよう。とたんに世界はてのひらの下に限定される。
目の前の仮想空間で場所を正確に指し示すときは、てのひらを伏せることが多い。たとえば「ここにポットがあって、ここにゆのみがあるとするやん」といいながら手を動かすとき、多くの人はてのひらを伏せて、ポットの場所、ゆのみの場所にてのひらを置くようにする。
しかし、相手のゆのみの場所に手を移動しながら「これはあなたのゆのみです」というときはてのひらを上に向けることが多い。このとき、てのひらは、ゆのみを指すだけでなく、てのひらの延長上にある「あなた」を指している。
なぜてのひらを返すだけで、意味空間が開かれたり限定されたりするのだろうか。
ひとつ考えられるのはてのひらの機能だ。てのひらの上にはものが握られる。てのひらを開きながら相手に差し出すとき、握られたものは相手に見える。視覚的に相手と共有され、そこに何があるかがわかる。つまり、てのひらの中にあるものは差し出されながら相手につながっている。
逆に、握った手を伏せながら差し出すとしよう。相手にはてのひらにあるものが見えない。中身は隠されたまま、ただ中身があるらしいことだけが指し示される。中身は相手から視覚的に遮断されている。
てのひらでものを相手に差し出すときのこのような違いは、ジェスチャーのてのひらの向きを解釈するときに影響を与えているといえないだろうか。
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